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津地方裁判所 昭和46年(ワ)136号 判決 1973年3月26日

原告

中村忞

ほか一名

被告

三重交通株式会社

ほか一名

主文

一  被告らは、各自、原告中村忞に対し金四三〇万五六八七円、原告中村静枝に対し金三五六万五六八七円および右各金員に対する昭和四五年一〇月二八日から支払ずみまで各年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を被告ら、その余を原告らの各負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告らは、各自、原告中村忞に対し金七三七万九〇九六円、同中村静枝に対し金五九二万七二五七円および右各金員に対する昭和四五年一〇月二八日から支払ずみまで各年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決および仮執行の宣言。

二  被告ら

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決。

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  本件交通事故

1 日時 昭和四五年一〇月二七日午前八時二五分頃

2 場所 津市高茶屋小森町字大新田二八五一番地先国道二三号線(幅員七・五メートル)の構断歩道上

3 加害車 大型観光バス(三2う一〇七八号)

4 運転者 被告 奥山泰文

5 被害者 訴外亡 中村和子(当時二二才)

6 態様 加害車の左前部を前記横断歩道を横断中の亡和子に衝突させたもので、同女は右同日午後九時二〇分頃右事故による頭蓋底骨折、脳挫傷等のため死亡した。

(二)  責任原因

1 被告会社は、加害車を所有し、その業務である旅客運送事業の用に供していたものであるから、自賠法三条の責任がある。

2 被告奥山は、本件事故当時、加害車を運転し、前記国道を時速約四五キロメートルの速度で鈴鹿市方面に向つて北進中、前記横断歩道にさしかかつた際、折柄対向車線上の自動車が渋滞して連続停車しており、右横断歩道の右側部分は見えなくなつていたが、停車自動車の間から横断歩道上を横断してくる歩行者のあることが予想される状況であつたから、あらかじめ減速徐行し警笛を吹鳴するとともに、進路右前方に対する注視を厳にして進行しなければならないのに、これを怠り、前記同一速度で漫然進行した過失により、右横断歩道を停車自動車の間を通つて右から左に横断して来た亡和子を約九・一メートル右前方にはじめて発見し、急停車の措置をとつたが間に合わず、本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条の責任がある。

(三)  損害

1 亡和子の逸失利益 金一二八五万四五一五円

(イ) 給与(別表(一)) 金一〇八七万五三二五円

(職業) 津市教育委員会職員(行政職)

(給与) 別表(一)の1欄(昇給分を含む。)

(賞与) 該当年度の月額の四・七ケ月分(同表の4欄)

(控除すべき生活費) 一ケ月当り給与の四五%

(就労可能年数) 三五年

(ホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除した本件事故当時の現価) 金一〇八七万五三二五円

(ロ) 退職金 金一九七万九一九〇円

(退職時) 昭和八〇年三月三一日

(退職時における給料) 月額九万四四〇〇円

(支給額) 右月額の五八・五倍

(ホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除した本件事故当時の現価) 金二〇〇万七九四〇円

(控除額) 昭和四五年一一月二六日亡和子の退職金として金二万八七五〇円受領ずみ。

(残額) 金一九七万九一九〇円

2 亡和子の慰謝料 金一〇〇万円

亡和子は、昭和二三年九月三〇日生の女性で、短大卒業後津市役所に公務員として就職し、将来三〇有余年の身分保障を受け、近き将来良き配偶者を迎え父母に孝行しようと希望に満ちた生活を送つていたもので、本件事故によつてその生命を失つた精神的苦痛は甚大なものがあり、これを慰謝するには金一〇〇万円を下らない。

3 相続 各金六九二万七二五七円

原告らは、亡和子の父母であり、他に共同相続人はないので、亡和子の右1および2の損害合計金一三八五万四五一五円の賠償請求権を各二分の一である金六九二万七二五七円宛相続により承継取得した。

4 原告らの慰謝料 各金一五〇万円

原告らは、亡和子の将来に望みを託し、近く同人の婿を迎え平和な老後を送らんと期待していたのに、突然亡和子を失い、甚大な精神的打撃を受けたが、これを慰謝するには各金一五〇万円が相当である。

5 葬祭関係費用 金八五万一八三九円

原告中村忞は、亡和子の葬儀費用として金二一万一〇二四円、その後百か日までの法事費用として金一七万七三一五円および石碑仏壇仏具の購入費用として金四六万三五〇〇円、以上合計金八五万一八三九円の支出を余儀なくされた。

6 弁護士費用 金六〇万円

原告らは被告らが任意に前記損害金を支払わないので原告訴訟代理人に本訴の提起と追行を委任し、その費用として、原告中村忞は、着手金一〇万円を支払い、報酬金五〇万円を支払うことを約した。

7 損害の填補 合計金五〇〇万円

原告らは、本件事故について既に自賠青保険金五〇〇万円の各二分の一宛を受領し、これをそれぞれ前記各損害に充当した。

(四)  結論

よつて、被告らは、各自原告中村忞に対し金七三七万九〇九六円、同中村静枝に対し金五九二万七二五七円および右各金員に対する本件事故発生日の翌日である昭和四五年一〇月二八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

二  答弁および抗弁

(一)  請求原因(一)、(二)項は認め、同(三)項中、原告らが自賠責保険金として金五〇〇万円を受領した事実は認めるが、その余の事実は争う。亡和子の就労可能年数は一〇年程度とみるのが相当であり、生活費も五〇%とみるべきで、特に退職金も未払給料の集計であり亡和子の生活費に当てられるべきものであるから、これからも五〇%の生活費を控除すべきである。また、石碑仏壇具の購入費用は本件事件による損害とはいえない。なお、被告らは亡和子の治療費として金三万四三八四円を支払つた。

(二)  本件事故当時、加害車の走行車線の交通の流れは極めて良好であつたが、対向車線は交通は渋滞しており、本件横断歩道上にも大型トラツクが停止していた状態であつたから、このような場合、亡和子としては、たとえ横断歩道上を横断するものであつても、対向車線上の安全を十分確認して横断をはじめるべきであつたのに、これを怠り、大型トラツクの背後より飛び出て小走りに横断をはじめたため、加害車が急制動の措置をとつたが間に合わず、本件事故の発生をみるに至つたもので、本件事故の発生については亡和子の方にも重大な過失があつたというべきであるから、被告らは過失相殺を主張する。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因(一)、(二)項は当事者間に争いがないので、本件事故につき被告会社は自賠法三条の、被告奥山は民法七〇九条の責任があることは明らかである。

二  そこで、被告らの過失相殺の抗弁について判断する。

(一)  〔証拠略〕によれば、次の事実が認められ、この認定を左右する証拠はない。

(1)  本件事故現場の国道二三号線は南北に通ずる幅員七・五メートルの直線舗装道路で見通しは良く、その路面上に白線で本件横断歩道が標示されており、その南側および北側には三重交通路線バス停留所孝行井戸前がある。

(2)  本件事故当時、本件事故現場の国道は加害者の対向車線(南進車線)である松阪市方面行の交通は渋帯し、自動車が連続停車しており、本件横断歩道上にもその南側部分に車体がかかつた位置に大型トラツクが停車していたため、加害車の方から見て本件横断歩道の右側は見えにくい状況であつたが、亡和子は、本件事故当時三重交通松阪市方面行バスに乗車して来て前記孝行井戸前バス停で下車し、本件横断歩道を東から西に横断しようとした際、加害車の走行車線の安全を十分確認することなく、右大型トラツクの陰から小走りに横断しはじめ、加害車の左前部に衝突された。

(二)  ところで、右(一)に認定の如き道路状況の下においては、亡和子としても、本件横断歩道を横断するに際し、加害車の走行車線の安全を十分確認してから横断しはじめるべきであつたのに、右(一)の認定事実によれば、同女はこれを怠つたものであり、この点も本件事故の一因をなしているものであることが認められるので、本件事故の発生については亡和子にも過失があつたものといえる。そして、双方の過失割合は、その過失の態様に照し、被告奥山は八割、亡和子は二割と認めるのが相当である。

三  損害

(一)  亡和子の損害

(1)  逸失利益 金九四九万〇二五〇円

(イ) 給与 金七八四万七〇〇〇円

〔証拠略〕によれば、以下の事実が認められる、即ち、亡和子は、昭和二三年九月三〇日生で、昭和四四年三月高田短期大学保育科卒業後同年四月一日より一年間清泉幼稚園教諭として勤務した後、昭和四五年四月一日津市幼稚園教諭七等級七号俸(成立に争いのない甲第二九号証の一の津市職員の給与に関する条例昭和四五年二月条例第二号別表第一「行政職給料表」)として採用され、同四五年一〇月一日右給料表七等級八号俸に昇給し、本件事故当時月額二万七五二〇円(同号俸二万七一〇〇円に、成立に争いのない甲第二九号証の二の同市職員の暫定手当の支給に関する規則別表第一「行政職給料表暫定手当定額表の同号俸の暫定手当四二〇円を加算した金額。なお、右規則の暫定手当は同四六年からは本給に組み入れられた。)の給与を得ていたこと、右給与は同年八月に出された給与改定の勧告によつて同年五月一日にさかのぼつて月額三万一九〇〇円に増額されることになつていたこと(成立に争いのない津市職員の給与に関する条例同四五年一二月二八日条例第五一号別表第一「行政職給料表」)、津市女子職員には定年制はなく、勧奨退職年限は満五六才に達した年度末であり、津市幼稚園教諭として採用された者のほとんどが右勧奨退職年限まで勤務しているのが実情であること、亡和子も幼稚園教諭二級の資格を持ち、さらに一級の資格を得るため通信教育を受けていたもので、本件事故に遭遇しなければ津市幼稚園教諭として右勧奨退職年限までは勤務する積りであつたこと、そしてこの間における亡和子の定期昇給および給与額は、別表(二)記載のとおり、昭和四六年四月に右昭和四五年一二月二八日条例第五一号別表第一「行政職給料表」七等級九号俸に昇給し、以下一年毎に昇給或いは昇格して昭和六四年四月に五等級一五号俸に達すること、その後は主任に発令されることにより、または、主任の数の関係上主任には発令されないが、勤務評価が主任格に比適するものとして、給与面でこれを補うための上位号俸への渡り措置により主任発令に準じて、四等級一一号俸に昇格することになるが、そうでない場合には五等級二一号俸まで昇給し、以後は五等級特号俸として五等級二〇号俸と二一号俸の差額金一二〇〇円を毎年加算して勧奨退職年限まで至ること、主任になるには年令、学歴、勤続年数、人物評価等の総合判定としての勤務評価により決定されるもので、その数は少なく、永年勤続したからといつて必ずしも主任或いは主任格とはならないこと、しかして、亡和子は津市幼稚園教諭として採用されたばかりのものでもあり、将来主任或いは主任格になる相当程度の蓋然性があるものとは未だ認め難いところなので、控え目な算定方法としては、別表(二)記載のとおり、昭和六五年四月に五等級一六号俸に昇給し、以下一年毎に一等級昇給して昭和七〇年四月に五等級二一号俸になり、翌昭和七一年四月に五等級特一号俸となり、勧奨退職時には五等級特九号俸にあると認めるのが相当であること、また、この間における亡和子の期末および勤勉手当については、右昭和四五年一二月二八日条例第五一号第二〇条、第二一条により、期末手当の額は一二月が同月一日現在の給与額に百分の二百、三月が同月一日現在の給与額に百分の五十、六月が同月一日現在の給与額に百分の百を乗じて得た金額であり、勤勉手当の額は六月および一二月の各同月一日現在の給与額に各百分の六十を乗じて得た金額であること、以上の事実が認められ、他にこの認定を左右する証拠はない。

右認定事実によれば、亡和子は、本件事故に遭遇しなければ昭和八〇年三月三一日の勧奨退職年限まで津市幼稚園教諭として勤務し、この間別表(三)記載のとおりの給与ならびに期末および勤勉手当を得ることができたものと認めるのが相当であり、他に右認定を動かす証拠はない。そして、亡和子の生活費については、右稼働全期間を通じて収入の五〇%程度と認めるのが相当であるので、亡和子の逸失利益をホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して本件事故当時における現価に換算すると、別表(三)記載のとおり金九八六万九〇五〇円となるが、亡和子の前記過失を斟酌してその約二割を減額し、金七八九万五〇〇〇円とするのが相当である。

(ロ) 退職手当 金一六四万三二五〇円

成立に争いのない甲第二〇号証の津市職員の退職手当に関する条例(昭和四五年九月二四日条例第三七号)第五条によれば、亡和子が退職時である昭和八〇年三月三一日に受けるべき退職手当の額は、退職の日における亡和子の給料月額九万八三〇〇円の合計五八・五倍であることが認められるので、その金額は五七五万〇五五〇円となり、これを年五分の中間利息を控除して本件事故当時の現価に換算すると、金二〇九万一一〇九円となるが、亡和子の前記過失を斟酌してその約二割を減額し、金一六七万二〇〇〇円とするのが相当である。なお、被告らは退職手当からも生活費を控除すべきであると主張するが、逸失利益算定に際し、収入から控除する生活費とは、右収入をあげるための必要経費としての生活費であるところ、稼働期間経過後の生活費は、右のような必要経費としての性格を持たないのであるから、逸失利益の算定に当り控除の対象にならず(最判昭和三九年六月二四日第三小法廷判決集第一八巻第五号八七四頁参照)、被告らの主張は採用できない。

そこで、原告らは亡和子の死亡による退職手当として昭和四五年一一月二六日金二万八七五〇円を受領したことを自認しているので、これを右金額から控除すると、残額は一六四万三二五〇円となる。

(2)  慰謝料 金一〇〇万円

亡和子が本件事故により一命を損したことに対する慰謝料額は、同女の前記過失を斟酌しても、一〇〇万円を下らないものと認められる。

(3)  相続

〔証拠略〕によれば、原告らは亡和子の父母であり、他に共同相続人がないことが認められるので、原告らは亡和子の右(1)および(2)の損害合計金一〇五三万八二五〇円の賠償請求権を各二分の一である金五二六万九一二五円宛相続により承継取得したこととなる。

(二)  原告らの損害

(1)  原告らの慰謝料 各八〇万円

原告らが和子を本件事故によつて失い甚大な精神的打撃を受けたものであることは明らかであるが、同女の年令、本件事故の態様および双方の過失、その他諸般の事情を斟酌すると、原告らに対する慰謝料額は各金八〇万円をもつて相当と認める。

(2)  葬祭関係費用 金二四万円

〔証拠略〕によれば、原告中村忞はその主張の如き葬儀関係費用としてその主張の如き金額を支出したものであることが認められ、右認定に反する証拠はないが、そのうち金三〇万円の限度で本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当であるから、亡和子の前記過失を斟酌してその二割を減額し、金二四万円とするのが相当である。

(三)  損害の填補

原告らが本件損害の一部として自動車損害賠償保険から金五〇〇万円を受領しその各二分の一宛を原告らの本訴損害賠償請求金額の一部に充当したことは自認するところであり、また弁論の全趣旨によれば亡和子の治療費として右保険から金三万四三八四円が支払われたことは認められるも、原告らは、右治療費を本訴において請求していないので、右金額につき亡和子の過失相殺分約二割に相当する金六八七六円だけは、原告らの本訴損害賠償請求金額の一部にその各二分の一宛充当すべきものと認めるのが相当であるから、以上に認定して来たつた金額からこれらを控除すると、原告忞の金額は三八〇万五六八七円、原告静枝の金額は三五六万五六八七円となる。

(四)  弁護士費用

〔証拠略〕によれば、原告らは、被告らが右損害金を任意に弁済しようとしなかつたので、原告訴訟代理人に本訴の提起と追行を委任し、その費用として、原告中村忞は、着手金一〇万円を支払い、その主張の如き報酬契約をしたものであることが認められ、これに反する証拠はないが、本件事案の内容、審理の経過、認容額等に照らすと、被告らが同原告に対し賠償すべき弁護士費用は、認容額の約七分である金五〇万円をもつて相当と認める。

四  結論

よつて、原告らの本訴請求は被告ら各自に対し、原告忞が金四三〇万五六八七円、原告静枝が金三五六万五六八七円および右各金員に対する本件事故発生日の翌日である昭和四五年一〇月二八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 寺本栄一)

別表(一)

<省略>

別表(二)

<省略>

別表(三)

<省略>

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